東京タワーは、高度経済成長の真っ只中で誕生した。 その後、ゴジラなど怪獣の特撮映画の中では何度も標的となり、壊されながらも”生き残って”きた。
最近では 東京タワー をタイトルにした文学や映画などの作品が「昭和ブームに乗り、ヒットを重ねている。
昭和30年代が舞台で、東京タワー を戦後復興の象徴として描いた映画「ALWAYS三丁目の夕日」もその一つ。
阿部エグゼクティブプロデユーサー(58)は「当時は日本が高度成長の波に乗った頃。活気にあふれ、即席ラーメンが誕生したり、面白い時代だった」と少年時代を振り返る。
「そんな時代に、世界一高い電波塔を建てようという発想に凄みを感じた」
今や高層ビルに埋もれ、さまざまな放送用アンテナなどで「厚化粧」したが、「やはり、あの頃の凛としてスッキリと立つ 東京タワー が格好いい」と阿部さん。
圧倒的な存在感が、映画の原点になった。 「東京タワー がないと、東京の街に落ち着きがない。この先100年も東京を照らし続けて欲しい」
東京タワー にゆかりがある人たちの思いも同じだ。 東京タワー南隣のボウリングセンターに所属した名プロボウラー、中山律子さん(65)。
地上から対展望台に通じる階段の上り下りで足腰を鍛えてトップの座に立ち、ブームに火を付けた。 「東京タワー を眺めているだけで気分が高ぶる。自分を育ててくれた」(中山さん)
だが、東京タワーの先行きは不透明だ。
背景には、東京の下町、墨田区に3年後、610メートルの電波塔が姿を現すことがある。
地上波テレビ放送が完全にデジタル化するのに合わせ、NHKや在京民放5社はすでに新タワーから電波を送り出すことを決定。
東京タワー は鉄塔として世界一高いという座を新タワーに譲り渡すことになったのだ。 それでも、東京タワーを運営する日本電波塔の前田社長(45)は動じない。
都心という立地をアピール。 さらに、「高さではなく、東京タワー がたどった50年の流れや空間を感じて楽しめる場にしたい」と前向きだ。
今後、大展望台につながる3台のエレベーターを宇宙や未来のイメージに改装する。 到達時間も今までより15秒早い45秒に短縮し、「より快適な空間にしたい」と挑戦的。
来場者が 東京タワー 650年に寄せたメッセージをまとめた本も出版する。
「午前0時に 東京タワー の照明が消える瞬間を2人で見届けたカップルは、幸せになれる」という 東京タワー の”都市伝説”もすっかり定着した。
前田さんは「電波塔としての役目は終えても、パリのエッフェル塔のように、歴史を感じさせるタワーにしたい」と慈しむように 東京タワー を見上げた。(村上智博)
(1月7日付産経新聞より)
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