震災後、多くの男性から異口同音に聞かれた奇妙な現象がある。知り合いの女性から、「地震、大丈夫だった?」「久しぶりに会わない?」という電話やメールが次次に来たというのである。
その相手は、昔付き合っていた彼女から、飲み会で一度会ってアドレス交換をしただけの特段親しくない女性まで様々だ。
「一昨年、向こうからフッてきたはずの元カノが”心配してたの……。一度会わない?”と連絡してきた」(39歳・公務員)
「昨年末、友だち主催の飲み会で出会ったOLがいたんです。28歳で人当たりがよく、すごくモテるタイプで、飲み会の後にこちらから”また会おうよ!”って連絡しても何やかんやではぐらかされていた。
それなのに、ちょうど震災の直後から”地震たいへんだったね~。今度飲もうよ!いつなら空いてる?”ってどんどんメールが来るようになった。一体どういうことなのか……」(35歳・会社員)
周囲の男性と話してみて欲しい。少なくとも、記者の見聞は特別な例ではないと思う。交際相手がいる男性の場合は、彼女のアプローチにおされ、婚約となったケースも多い。
「これまで、どちらかといえば結婚に興味がなかった彼女から、”こんな時だからこそ、大事な人と一緒にいたい、家族になりたいって気持ちが強くなった。
あなたはどう?”と詰め寄られたんです。嫌とも言えず、向こうの両親に挨拶に行くことになり、気圧されて、トントン拍子で婚約してしまいました」(31歳・会社員)
事実、宝飾業界では婚約指輪が売れているらしい。ある関西のジュエリー店経営者が言う。
「やっぱりこのご時世、店全体の売り上げは落ちています。前年比だと60~70%とサンザンです。でも婚約指輪だけは話が別。
高いものより安いものの方が良く出ているので売り上げ的にはあまり変わりありませんが、売れる数だけなら前年よりかなり多いですね。
実は16年前、阪神大震災の後もブライダル関連の商品がよく売れたんです」
どうやら震災を機に、特定の男性と交際したい、愛を確認したいと積極的になる女性が急増しているようなのだ。
結婚紹介所には、入会希望者が殺到している。
「震災後はマスコミ媒体での広告を自粛していたのですが、それにも拘わらず、女性からの資料請求は増えているんです。
震災後、会員の男女比率で、女性が5%アップしたほどです。又、会員の方の中では成婚して退会される方が増えました」(担当者)
震災を機に、女性のマインドに大きな変化が現れたことは間違いない。日本では結婚適齢期の人々が結婚したがらず、晩婚化が進行の一途をたどっていた。
内閣府が発行する平成22年度版『子ども・子育て白書』によれば、30~34歳女性の未婚率は95年時点では19.7%だったのに対し、2005年には32.0%まで上昇している。
35~39歳でも未婚率は10.0%から18.4%にアップした。平均初婚年齢も、08年時点で28.5歳と過去最高となっている。
さらに「結婚しない理由」は、20代30代ともに1位は「適当な相手に巡り合わない」、2位は「自由や気楽さを失いたくないから」となっている。
これを未婚男性の「結婚しない理由」と比較すると興味深い。男性では、20代・30代ともに1位こそ「適当な相手に巡り合わない」で女性と同じだが、2位は「結婚資金が足りない」(20代)、「結婚後の生活資金が足りない」(30代)と、いずれも経済的な不安が理由となった。
経済的に追い詰められて結婚できない未婚男性が多い一方で、未婚女性は生活スタイルを維持したいがために結婚できないのである。
中央大学文学部教授で『「婚活」時代』の著書がある山田雅弘氏が指摘する。
「日本では男女ともに晩婚化が進んでいますが、その原因は女性に依るところが大きい。キャリア志向の高まりだけでなく、結婚に経済的な安定を求めていることが大きな要因です。
現在、独身男女の8割が親と同居しているというデータもある。経済的なメリットがなければ、男性とのつきあいはわずらわしいだけで、実家暮らしの方が気楽という人が多い。
その状況が変化しつつあるとすれば、震災を経験し、将来も独身であり続けることに不安を感じた女性が、安心を求め始めたということではないでしょうか」
山田氏らが提唱した「婚活」という言葉が、一般名詞と化して久しい。しかし、その言葉は、愛すべき異性を見つけ出す行為を探すという打算的なニュアンスがついて回る。
しかし、震災という非常時の中で、どうやらそういった打算にとらわれない「愛を分かち合える対象」を探そうという意識が強くなったようなのだ。都内の企業で働く38歳独身女性は、3月11日の地震当日に一抹の寂しさを覚えたという。
「同じ職場の既婚者は、ダンナは大丈夫かしら“”学校に行ってた子供は、家まで帰ってこれないかも……”とみんな家族の心配をしていたんです。
その様子を横目で見ながら思ったんです。”私には、心配する恋人も、家族もいないな……”って。
もちろん関西の実家に住む両親は電話をくれましたけど、私自身には、身近に心から心配したり、してくれる人がいないことに気づいたんです。
それ以来、このままでいいのかって思うようになりました。このまま歳を取っていって”おひとりさま”になったら、私、孤独死するのかなって怖くなって……。もしもう一度地震が来たら、たぶん耐えられない」
同様の感想を、記者の周囲の女性達が数多く口にした。震災は、一人がいいと強がっていた女性たちに「人生とはなにか」を問い直す機会となったようだ。
震災下で女性が男性を求めるのには、それ以外にも様々な理由があるようだ。指摘されるのが、心理学でよく語られる「吊り橋効果」だ。
これは、1970年代にダットンとアロンというカナダの2人の心理学者により提唱された学説に由来する。
彼らは、独身男性を2グループに分け、一方には不安定な吊り橋を渡らせ、もう一方には安定した橋を渡らせた。
その際、どちらの橋の中央でも、若くて魅力的な女性に声を掛けさせた。そして最後に、”連絡を下さい”と女性から男性に電話番号を渡し、男性から連絡があるかどうかを調べたのである。
『どうしても人の気持ちがわからない男たち』などの著作を持つ、臨床心理士の八幡洋が解説する。
「結果、安定した橋のグループで女性に電話をかけてきたのはわずか12%ほどだったのに対し、揺れる橋のグループで電話をかけてきた男性は約半数にも上りました。
危険な場所にいることによる生理的な興奮状態を、女性の魅力でときめいたのだと勘違いをしてしまったのです。
これと同様に、震災下でも、女性は地震に対する不安で通常よりも興奮状態にあると考えられます。その興奮を、意中の男性にときめいたと解釈しているのかもしれません。
危険な場所にいることによる生理的な興奮状態を、女性の魅力でときめいたのだと勘違いをしてしまったのです。
これと同様に、震災下でも、女性は地震に対する不安で通常よりも興奮状態にあると考えられます。その興奮を、意中の男性にときめいたと解釈しているのかもしれません」
この理論は、キアヌ・リーブスとサンドラ・ブロックが主演するアクション映画『スピード』(94年公開)で、極限状態で急接近する二人の恋愛感情を説明し、有名になったことでも知られている。
さらに、動物行動学的見地から見ても、震災などの非常時において、女性が男性を受け入れやすくなっているという事象は確認できる。
動物行動学研究家で『女は男の指を見る』(新潮選書)の著者である竹内久美子氏が言う。
「1955年、ニューヨーク中心とするアメリカ北東部では大停電が起こり、3000万人もの人々が暗闇の中で一夜を過ごしました。
その270日後にベビーラッシュが起こったことが知られています。2005年にアメリカ南部を襲ったハリケーン”カトリーナ”の後にも、同様のことが起こりました。
人間の女性は一定の周期で排卵をする”自然排卵”ですが、哺乳類の中にはネコやラッコのようにメスが性行時に噛まれたりして痛みを感じることが引き金となって排卵を誘発する”交尾排卵”の動物が数多くいます。
非常時を受けての出産ラッシュは、交尾排卵の名残からか、大きな不安や恐怖が刺激となって予定外の排卵が起きたとしか考えられません」
不安な時こそ、人間は本能的に子孫を残そうとするということなのか。未曾有の大震災は、自然の強大さを我々に痛感させると共に、人々の意識を奥深いところで変えてしまったようだ。
(小学館発行 週間ポスト 4月22日号 「揺れた後に絆が深まる吊り橋効果とは?」
より抜粋しました)
参考情報: 「恋の吊り橋効果理論とは?」
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