もの言わぬ赤い体から発せられる声が、彼女たちには届いているに違いない。
私を見て、他の人とは違うでしょ。
東京・新宿のファッションビルの一角。赤いマネキンたちが、白くまばゆい照明を反射して光る、マスカラでくっきり縁取りをした30歳前後の女たちが見つめる。
アパレル業界が、アラウンド・サーティ略して「アラサー」と呼び、狙いを定める世代だ。自分らしさ、個性にこだわりながら、その「自分」を探している。
地方の都市で両親と暮らす会社員の女性は、今年30歳になるなる「アラサー」。明るい茶色の長い髪が、淡い色のニットと白っぽいスカートに映える。
米軍スタイルのエクササイズ「ビリーズブートキャンプ」を毎日自宅でやっている。すらりとした体つきだ。セーラー服にルーズソックスをはき始めたのは、高校時代だった。
休み時間には、ポケベルを打つために公衆電話に長い列をつくったっけ。50音も、ハートマークを出す数字の組み合わせも全部覚えていた。
ウィンドウズ95の発売は高校3年。大学ではパソコンルームに入り浸り、通信速度が遅いパソコンで好きな歌手のファンサイトを検索した。
ファッション誌を見比べ、自分に合うものを探した。かつて「コギャル」とも呼ばれたこの世代。高校生の頃には流行の発信源ともてはやされ、消費欲が旺盛な世代としても注目されてきた。
だが、ふと不安になる。恋愛 が難しいのも、あたしたちの特徴、なんだろうか。大学の時、友だちの紹介でつき合った人とは1ヶ月で終った。
細かいことを言う人は苦手だと思った。合コンは「ハズレと思われるのがいや」で、参加しなかった。就職して知り合った彼は、正統派のかっこいい人だった。
毎週、時間を決めて家から電話をし合った。ある日、約束の時間に友達と飲んでいてメールが来てしまった。 《時間だよ》 《今から帰るから》
メールを送ってすぐ帰宅したが、音沙汰なし。言い訳するのも面倒なので放っておいた。2ヶ月で自然消滅した。彼はかっこ良すぎた。私でなくてもいいはず。
それに、そんなに好きじゃなかったと、言い聞かせた。「あたしって人を好きになれないのかな」
心がざわつき始めたのは27歳。結婚式 に招かれるようになった。新聞の投書欄が目にとまった。仕事がいやになった時に、結婚 話があった人と一緒になった女の人の話だった。
結婚 後、夫の態度が一変し、召使のように扱われた、と。その夫が悪いの?もとは、妥協して好きでもないのに 結婚 したあなたが悪かったんじゃないの?
弱気になって妥協して 結婚 してはだめ。こわいのは「結婚 できない将来」ではなく、
「妥協して 結婚 すること」だ。
昨年、見合い 話を持ってきてくれた親類に言った。「まだ、結婚 はいい。やりたいことがあるから」
返ってきた言葉は「十分、やってきたじゃない」。絶句した。でも、後で思った。言い返せない言葉は「大きなお世話」。
クリスマス、寂しくたっていい。つまんない男の人に気を使って遊ぶくらいなら、彼氏のいない友達同士で遊ぶ方が楽しい。
ちょうどその頃、卓上カレンダーに、赤いペンで遊びの予定を書き込み始めた。友達との夕飯に習い事。年1回は海外旅行、カレンダーはどんどん赤くなった。
結婚 してないからって、仕事に生きている訳じゃない。お金がないと、妥協して 結婚 しなきゃいけなくなると思っている。
だから、仕事は、生きるため。そして遊ぶため。事務系の正社員で、手取りは月16万円。税金の安い軽自動車で会社へ。色はペパーミントグリーン。
お弁当は母親がついでに作ってくれる。定時にきっちり会社を出て、習い事に直行する。最近、こんな事があった。女友達3人で出かける約束をした日。
そのうちの一人からメールが入った。[ごめーんダンナが風邪をひいた」。キャンセルの連絡だった。軽い驚き。
自分の好きなことをあきらめられるんだ。「あたしがヨメなら、ダンナ置いても来ちゃうよねえ」。
彼氏のいないもう一人の友達とうなずきあった。子どもの時の将来の夢は「お嫁さん」。大人になったら、誰でもお嫁さんになれると思っていた。
結婚 はしたい。誰かに思われたい。味方が欲しい。親を安心させたい。親が年老いていくのを見ると、自分が一人きりになるのでは、と不安になる。
でも、誰でもいいってわけじゃない。自分の予定をキャンセルしてもいい、と思える相手でなければ。赤いペンをぎゅっと握って、また、カレンダーに予定を入れる。
自分のために埋める空白を書き換えさせてくれる人は現れるのだろうか。
(6月30日付朝日新聞「女と男 第3部 思いと現実 5」より)
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