東京・原宿は若者の街。日曜日に竹下通りあたりを歩いていたら、東郷神社の「骨董市」にぶつかった。
露店には伊万里の皿など、いろんなものが並んでいる。ふと見ると「婚姻日記」と墨書きされた帳簿があった。
明治37(1904)念、今の長野県須坂市に住んでいた町家の青年が、自分に縁談がきて 結婚 するまでの事情を書いたものらしい。
面白そうだから、露店の主人に「売ってくれ」と言ったら、500円でわけてくれた。
早速、竹下通りを歩きながら、読んでみた。この青年は 恋愛結婚 ではなかったらしい。青年は養子。
結婚 も「両養親の御見込み」で相手の目星がつけれられ、知人に依頼して、その「家に対し縁談申し込みをなし、反復交渉の上、承諾あるに至」ったという。
それまで青年は、相手の女性の顔を一度も見ていない。

媒酌の仲人が立てられ、約半年後に「祝典挙行」と内定したが、その時日露戦争が勃発。
「挙国一致、軍国の大事に投ずるに際し、吾人、一人祝福を私する忍」びない。
一先ず 結婚式 は見合わせ、秋まで様子を見ることにした。
ところが、戦争はますます激化。この際、「質素なる 結婚式 を挙ぐる」ことにしたという。このように、100年前の 結婚 は隔世の感がある。
原宿を歩く茶髪の若い子達を見ながら、そう思った。
(4月28日付朝日新聞「昔も今も 結婚式①」より)
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