<毎年1回、お互いの意思表示の上、結婚契約 の更新または破棄を確認し合う>
◆東京都羽村市に住む山本豊さん(60)と妻の孝代さん(57)の自宅居間には、こんな
「結婚契約書」が張り出されている。
「確認し合う」のは 結婚生活 を継続するかどうかということ。
2人は毎年、9月末の 結婚記念日に、この「年間結婚契約書」を交わす。内容は6項目だ。
<両方とも更新する場合は、結婚契約書に捺印する>
<片方が破棄、もう一方が更新を申し出た場合は、とにかく冷静に話し合う>
豊さんがメーカー勤務のサラリーマン、孝代さんが家事と1男1女の育児を担うという、団塊世代の”標準的な”家庭を築いてきた。
転機は9年ほど前に訪れた。子育てが一段落した孝代さんが働き始め、一方の豊さんは「出世コースをはずれ、定年までの先が見えてきた」。
孝代さんが生き生きと、自分の知らない世界や友人関係を広げていく姿に取り残されたようでいらだった。
技術職として、これまで仕事で意見が合わない人間関係はためらわずに切り捨ててきた。
「社内で多数派だったせいもあり、そういう人付き合いでも困らなかった」
夫以外に目を向ける孝代さんに対し、いつしかうらやむ気持ちと猜疑心にも似た思いを募らせ、離婚を考え始めた。
だが財産分与や自宅の処分など、離婚の手続きを調べるうちに「今までの楽しかったこともすべて捨ててしまうこともわかってきた」。
離婚の話を持ち出した豊さんに、別れるつもりはなかった孝代さんは「取り合えず1年、様子を見てみない?」。
妻も同僚と同じように、切り捨てていいのか。会社人生もダメ、夫婦関係もダメだったら、自分はダメダメ人間じゃないか・・・。
そう思っていただけに渡りに船だった。この先1年は、夫婦関係を捨てずに済む。
そうして踏み切った 契約結婚。
結婚契約書 の末尾には、孝代さんが書き加えた1項目がある。<夫婦でもプライバシーを尊重し、暮らし方・生き方に対し指示・命令を強制しない>。
自分は妻の行き方を縛っていたんだ。これまで8回の 結婚契約書 を交わした。毎回、更新するつもりだから、先にサインするのは、いつも豊さんだ。

昨年(2006)11月下旬、東京郊外の料理店で、団塊世代の男性や夫婦を対象に「定年塾」が開かれた。
定年後の暮らし方を指南する講座だが、参加した男たちの口から不安や戸惑いの言葉が漏れた。
「稼いでいればいいと思っていた」「この年になって、夫婦向き合うのは照れくさい」
社会が豊かになるのに合わせて、脇目もふらずに働いてきた団塊世代は「恋愛結婚」や
「友だち夫婦」を実践しながら、夫は仕事、妻は家事・育児と、役割明確に分かれ、結果としてすれ違って生きてきた世代でもある。
大量定年”元年”の今年2007年、離婚時の年金分割制度が始まり、熟年を迎えたこの世代の離婚が激増するのではないかと予測されている。
「生まれ変わっても今の配偶者と一緒になりたい」夫は7割だが、妻は5割弱・・・。
博報堂エルダービジネス推進室が50歳代の男女に行った調査からは、妻に見限られようとしている夫の姿が浮かび上がる。
「定年塾」を主宰する作家の西田さんが言う。「団塊世代の夫婦が長年すれ違ってきた。その”負債”が積もり積もっていることを、男性は覚悟しましょう」
◆ ━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・ ━・━・━・━・━━・━・━・━・◆
豊さんは58歳で会社を退職し、今は地元の公共施設で週4日働き、残りの日は生涯学習の企画・運営などのボランティア活動に精を出す。
境地も随分、変わった。
「今までずっと、お互いに話し合いができる夫婦だと思ってきた。でも実は自分の意見を押し付けてきただけ。契約結婚 になって初めて、夫婦は相手のことを認めないと成り立たないとわかりました」
(1月4日付読売新聞「くらし」欄シリーズ男ごころ「らしさ」を超えて2 より)